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大阪簡易裁判所 昭和49年(ハ)1203号 判決 1975年10月27日

原告 兼吉勇治

被告 国

代理人 田村正巳 ほか三名

主文

原告の主位的請求を棄却する。

被告は訴外多田清助(住所、大阪市西成区千本中二丁目一番地)に対し、別紙目録記載の建物につき、昭和二四年三月三一日付売買を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(原告)

一  主位的請求の趣旨

被告は原告に対し、別紙目録記載の建物につき、昭和四九年九月二七日時効取得を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

二  予備的請求の趣旨

主文第二、三項と同旨。

(被告)

原告の主位的請求および予備的請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

(原告)

一  主位的請求原因

(一) 別紙目録記載の建物(以下本件建物という)については、被告(大蔵省)名義の大阪法務局今宮出張所昭和二四年二月一八日受付第四〇八六号所有権移転登記が経由されている。

(二) 原告は、昭和二九年九月二二日訴外多田守から本件建物を代金一七万円で買い受ける旨の売買契約を締結した。同訴外人は右売買契約当時原告に対し、右建物はもともと同訴外人の先代である訴外亡多田清助(住所、大阪市西成区千本中二丁目一番地)が被告から買い受けたものであつて自己はこれを右先代から相続により承継取得したものである旨説明していたので、原告はこれを全面的に信用して買い受けたものであり、同月二六日同訴外人から現実に右建物の引渡を受け、爾来所有の意思をもつて平穏かつ公然にこれを第三者に賃貸する等して継続して占有し現在に至つている。

(三) 従つて、原告は、民法第一六二条第一項により、本件建物の自主占有を開始した昭和二九年九月二六日から二〇年間である昭和四九年九月二六日の経過により右建物の所有権を時効により取得した。原告は本訴において被告に対し右時効を援用する。

(四) よつて、原告は右時効期間の始期における所有権者である被告に対し、本件建物につき、昭和四九年九月二七日時効取得を原因とする所有権移転登記手続を求める。

(五) かりに右時効期間の始期における所有者が被告ではないとしても、元来時効取得は原始取得であるから不動産の時効取得者は該不動産につき時効取得を原因とする所有権保存登記をすれば足り、他方前所有者は時効取得者に対する妨害排除義務の履行として右時効取得による権利消滅を原因として所有権の登記を抹消すべき義務を負うものというべきであつて、その場合右抹消登記義務は不動産登記法第八一条の八、第九三条の六の各規定に準じて単に「所有者」だけでなく「所有権ノ登記名義人」もこれを負うと解すべきであるから、原告は本件建物の登記名義人である被告に対し右抹消登記手続に代わる所有権移転登記手続を求める。

二  予備的請求原因

かりに本件建物の所有権が昭和二四年三月三一日売買により被告から訴外亡多田清助に移転しており、かつ前記(五)の主張が理由がないとしても、

(一) 前記(二)、(三)において主張したとおり原告は昭和四九年九月二六日の経過により本件建物の所有権を時効により取得した。

(二) ところで、訴外亡多田清助は昭和二七年二月一九日死亡したので、原告はその法定相続人たる後記訴外五名に対し昭和五〇年七月一九日付各内容証明郵便による書面をもつて右時効を援用し、同書面は、訴外松井スミコ、同多田幸雄に対してはいずれも同月二一日に、同多田守に対しては同月二三日に、同池上美代子、同多田政広に対してはいずれも同月二四日にそれぞれ到達した。

(三) 従つて、原告は右時効取得当時における本件建物の所有者である前記訴外五名に対し右建物につき右時効取得を原因とする所有権移転登記請求権を、また、右訴外五名は被告に対し右建物につき被告と訴外亡多田清助との間の昭和二四年三月三一日付売買を原因とする同訴外人への所有権移転登記請求権をそれぞれ有する。

(四) よつて、原告は、原告の前記訴外五名に対する右時効取得を原因とする所有権移転登記請求権を保全するため、右訴外五名の被告に対する右売買を原因とする所有権移転登記請求権を右訴外五名に代位して行使し、被告に対し本件建物につき昭和二四年三月三一日付売買を原因とする訴外亡多田清助への所有権移転登記手続を求める。

(被告)

一  主位的請求原因に対する認否

(一) 主位的請求原因第(一)項の事実は認める。

(二) 同第(二)項の事実中、被告が本件建物を訴外亡多田清助に売り払つたことは認めるが、原告が昭和二九年九月二六日訴外多田守から現実に右建物の引渡を受け爾来原告主張のような自主占有を継続してきたことは否認する。その余の事実は知らない。

(三) 同第(三)ないし第(五)項については争う。

二  予備的請求原因に対する認否

(一) 予備的請求原因第(一)項については争う。

(二) 同第(二)項の事実中、訴外亡多田清助が昭和二七年二月一九日死亡したことおよびその相続人が原告主張の訴外五名であることは認めるが、その余の事実はすべて知らない。

(三) 同第(三)項中、原告主張の訴外五名が被告に対し本件建物につき原告主張の売買を原因とする訴外多田清助への所有権移転登記請求権を有することは認めるが、原告が右訴外五名に対し右建物につき原告主張の時効取得を原因とする所有権移転登記請求権を有することは争う。

(四) 同第(四)項については争う。

三  抗弁

被告(所管庁近畿財務局)は昭和二四年二月一八日本件建物を訴外紺谷徳次郎から財産税物納として取得し、右取得前より右建物の借家人であつた訴外多田清助に同年三月三一日代金一万二八八二円三〇銭で売り払い、同訴外人は同年五月三一日右代金を納入した。従つて、被告は同日右建物の所有権を失つているのであるから、以後は単に同訴外人に対して所有権移転登記手続義務を負担しているにすぎず、原告名義に直接所有権移転登記手続をなすべき義務はない。けだし、時効取得者は取得当時の所有者を相手方としてのみ登記請求権を有するものであり、また、いわゆる中間省略登記請求権は現所有名義人および中間者の同意がない限りこれを許すべきではないからである。

(原告)

抗弁に対する認否

右抗弁事実についてはすべて知らない。

第三証拠<略>

理由

(主位的請求に対する判断)

一  本件建物につき被告(大蔵省)名義の大阪法務局今宮出張所昭和二四年二月一八日受付第四〇八六号所有権移転登記が経由されていることは当事者間に争いがなく、<証拠略>を綜合すると、昭和二九年九月二二日原告が不動産仲介業者を介して訴外多田守との間で本件建物につき売買契約を締結するに際し、同訴外人は右建物はもともと同訴外人の先代である訴外亡多田清助が被告から買い受けたものを同訴外人において相続により承継したものである旨説明していたので、原告はこれを信じて右建物を代金一九万円で買い受ける旨の契約を締結し、同日代金内金二万円を、同月二五日残代金一七万円をそれぞれ支払つたこと、当時右建物には訴外多田守が居住していたが原告は遅くとも同月二六日ころまでに同訴外人から右建物の現実の引渡を受け、間もなく費用約八万円を投じて畳・壁・便所等の修理を施す一方、当時右建物の敷地所有者であつた訴外亡大崎国三との間で右敷地につき地代月額金九〇円の定めで賃貸借契約を締結し、その後同年一一月三〇日右建物を訴外上島繁治に家賃月額金一七〇〇円で賃貸し(右地代は昭和三九年四月以降月額金四三〇円、同四三年四月以降は地主訴外大崎由男との間で月額金六六〇円、同四九年四月以降月額金二〇〇〇円に、また、右家賃は現在では月額金五五〇〇円に各改訂されている)その収益を自己の手中に収めて今日に至つているが、その間何人からもこれにつき何ら異議の申出がなかつたこと等の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。右認定事実によれば、原告は遅くとも昭和二九年九月二六日以降所有の意思をもつて平穏かつ公然に本件建物を継続的に占有してきたものと認められるから、原告は右自主占有を開始した日の翌日から起算して二〇年間である同四九年九月二六日の経過により民法第一六二条第一項の定める時効の完成により右建物の所有権を取得したものというべきであり、原告が本訴において被告に対し右時効を援用したことは当裁判所に顕著な事実である。

二  しかしながら、<証拠略>を綜合すると、被告(所管庁近畿財務局)は昭和二四年二月一八日本件建物を訴外紺谷徳次郎から財産税物納として取得したものであつて、右取得前より右建物の借家人であつた訴外亡多田清助(住所、大阪市西成区千本中二丁目一番地)に同年三月三一日代金一万二八八二円三〇銭でこれを売り払い、同年五月三一日同訴外人より右代金の納入を受けた事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

三  そこで、以上の事実に基づき原告の主位的請求の当否につき判断するに、当裁判所は既登記不動産の時効取得の場合においてはその登記形式は時効期間の起算時における原所有者から時効取得者への所有権移転登記の方式によるべきものと思料するのであつて(大審院判決昭和二年一〇月一〇日、大審院民事判例集六巻五五八頁など参照)、その理由は次のとおりである。そもそも不動産登記は物権変動の過程と態様とを如実に反映することをその使命とするものであつて、その登記形式についても右精神に沿つた解釈が要請されるものであるところ、なるほど時効取得は理論上原始取得ではあるけれども、或る既登記不動産につき所有権の取得時効が完成したときは時効取得者において時効期間の始期に遡り該不動産の所有権を取得する結果同時に右時点における原所有者はその所有権を喪失するという関係にあるから、いわゆる物的編成主義をとる我が登記制度の下においてはこと登記形式に関しては右取得当時の原所有者は時効取得者との関係においては承継取得の当事者と同視すべき地位にあるものとして取り扱うのが相当であつて、かく解することがかえつて前記登記制度の使命に合致するものと考えられる。(この点、おなじ原始取得である建物の新築や未登記不動産の時効取得の場合とはその取扱を異にすべきである。けだし、前者においては原始取得の結果により何人の不動産所有権も失われるわけではなく、また、後者においてはかつて登記簿上何人の所有と表示されたこともない不動産につき原始取得がなされる場合であるから、これらの場合には登記手続上は所有権保存登記をなし得ることとなる。)しかして時効期間前に実体上所有権移転があつたにもかかわらずいまだその旨の登記が経由されていない場合においても時効期間の起算点における原所有者は取得時効の完成により何ら前主に対する登記請求権を失うべきものではないし、かつまた、いわゆる中間省略登記請求権は現所有名義人および中間者の同意がない限りこれを認め得ないこと(最高裁判所判決昭和四〇年九月二一日、最高裁判所民事判例集一九巻六号一五六一頁など参照)を併考すると、結局、既登記不動産の時効取得の場合においてはその登記手続上は時効期間の起算点における原所有者から時効取得者への所有権移転登記の方式によるべきものと解されるわけである。そこで、これを本件につきみるに、前記認定のとおり本件建物の所有権は時効期間前である昭和二四年三月三一日にすでに被告から訴外亡多田清助へ移転しているのであるから、原告は同訴外人又はその承継人に対し前記時効取得を原因とする所有権移転登記請求権を有するにすぎず、被告に対し直接に右時効取得を原因とする所有権移転登記手続を求める原告の主位的請求は理由がない。

次に原告は右時効期間の始期における所有者が被告でない場合においても時効取得者は対象不動産につき時効取得を原因とする所有権保存登記をすれば足り、他方前所有者(所有登記名義人も含む)は時効取得者に対する妨害排除義務の履行として右時効取得による権利消滅を原因とする所有権登記の抹消義務を負うべきであるとして、登記名義人である被告に対し抹消登記に代わる所有権移転登記請求権を有する旨主張するが、該不動産が未登記物件であるときは格別既登記物件であるときは前説示のとおり時効期間の始期における原所有者から時効取得者への所有権移転登記の方式によるべきであつて時効取得者において所有権保存登記をなすことは登記手続上許されず、かつまた時効取得者は時効期間の始期前に経由された所有権移転登記につき何ら妨害排除を理由にその抹消登記請求権を有すべき筋合ではないから、時効取得者たる原告において現所有名義人たる被告に対し抹消登記に代わる所有権移転登記請求権を有するものとは認め難い。

以上の次第であるから、原告の被告に対する本訴主位的請求はいずれの点から検討するも理由がない。

(予備的請求に対する判断)

一  主位的請求に対する判断一、二において認定したとおり本件建物の所有権は昭和二四年三月三一日被告から訴外亡多田清助に移転しており、その後原告は同四九年九月二六日の経過により完成した取得時効により右建物の所有権を取得したものであるところ、<証拠略>によれば、同訴外人は同二七年二月一九日死亡し、その相続人である訴外多田政広(二男)、同池上美代子(長女)、同多田守(三男)、同多田幸雄(五男)、同松井スミコ(二女)においてその地位を共同相続により承継したこと、しかして<証拠略>によれば、原告において右時効取得当時の本件建物共有者である右訴外五名に対しその主張のような時効の援用をなした事実を認めることができる。

二  以上の事実によれば、右訴外五名は本件建物につき訴外亡多田清助が被告に対して有していた昭和二四年三月三一日付売買を原因とする所有権移転登記請求権を相続により承継するとともに、原告に対して右建物につき同四九年九月二七日時効取得を原因とする所有権移転登記手続義務を負担しているものというべきであるから、右の如き法律関係の下においては原告の右訴外五名に対する前記所有権移転登記請求権を保全する必要のあることは明らかであつて、これが保全のため民法第四二三条に基づく債権者代位権により右訴外五名が被告に対して有する前記所有権移転登記請求権を右訴外五名に代位して行使する原告の本訴予備的請求はその理由があるからこれを認容する。

(結び)

よつて、原告の本訴主位的請求はこれを棄却するが、本訴予備的請求はこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 安川輝夫)

別紙目録<略>

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